何をやっても悪循環みたい

人生の選択…
もしあの時あ~選択していたら…


私は選択を間違えていたのかもしれません。


全部が裏目に出ている今、過去の自分にアドバイスが出来るなら
決めた方と反対の方に行きなさいというでしょう。


もしかしたら…そう思ってしまうのは今がこんなだからなのかも
しれない。


ゆうちゃんと一緒になったのだけ正解だったかな。
あの時はそれでも幸せでした。


ゆうちゃんはお兄さんと大工をしていたから
国民年金だったけど


国民年金って本人が亡くなった時満額払っていたら
もらえますが
子供が18才になるまでか障害があれば20才まで貰えます。


うちは障害があっても国の定めた等級ではないので
18才で終わりました。もちろん私ももらえなくなりました。


私が60才だったか65才になって誰とも結婚してなかったら
また5年間だけもらえるみたいですが
そこまで生きてるとは思えません。


2年間だけ遺族年金はもらえました。しかしそのために
給料から引かれていたはずの年金を払われていないと年金センターで
言われ
満額になるように何年か分の年金を払いました。


結局遺族年金より払った方が高額でした…


保険も払っていたのに受取人が違うので数千万のお金も受け取れませんでした。


それは私も調べれば良かったのに受取人を調べないでいた私が
一番悪いと思います。


人のせいにして生きるのはダメだと思います。。。


けれど
結局は裏目な人生なんですかね…


やり直せるなら
ゆうちゃんと出会ったあの時からやり直したい。


そして
亡くなるにしてもゆうちゃんがではなく
私が選ばれたら良かったな…


こんな人生いらない。


今いる父親とは血が繋がってないし
お母さんとは12年くらいしか一緒にいれなかったし
子供の頃は孤児院だし
孤児院出て、お母さんと一緒に住めるようなったのに
お母さんの弟に夜中襲われて泣きながらお母さんに話したのに
信じてもらえないし
大人になってゆうちゃんと結婚したのに
不妊症で子供が出来なくて
やっとできたのに2回流産して
3回目に娘が出来たけど
お耳忘れてきてしまったし
中学2年の娘と一緒に眠るくらい親子仲良しだったのに、ゆうちゃんは
脳内出血で倒れて8か月で脳腫瘍で死亡。二か月後に
おばあちゃん死亡。
ゆうちゃんの保険はうちが掛けていたのに
受取人が何故か義母になっていたから
入院費も全て私が払いました。


更に2年後に小細胞肺がんでお母さん死亡…


どんなに1人になってしまった事で不安だったか…
必死に働いて1人親で子育てしてて
病院が障害認定を申請するのを忘れていて
特別児童手当も一切貰えず
挙句
自宅まで売却するはめになって…


私の人生は一体なんでしょうか?
私の町の県知事は女性問題で在任1年数か月しか
知事をしなかったのに
退職金1千万と少しもらったそうな…


昨日弁護士さんと話しをして
内容証明で医師に手紙を送ってそれから
出方を見ましょうって事になりました。


友達に感情に任せて訴えるのはやめた方良いと
さっきラインがきました。


感情に任せてでなく…
当たり前の権利だと思います…
間違えてますか?
医者に聞かなかった??
ダメだ…
こんな人生なら終結です。




ゆうちゃんが居なくなってつい
夜空を見上げることが癖になりました。


今日は雨だから☆は出ないけど
きっといつものように見上げてしまうと思います。


ゆうちゃんと歳が離れていたのに
この7年で5つ違いになって
いつかゆうちゃんの年齢を越してしまう。


その頃の自分を今は想像は出来ないけど
生きていられるかな…


今日は弁護士の先生に相談に行ってきます。
どうにもならない問題だったとしても
子供の為に戦いたい。
病院を相手にする事は大変だし
裁判で負けるかもしれないけど
やるだけやってきます…