命日

続きです。


今日は母の命日です。仕事が終わったらお墓参りに行ってきます。
義父に一緒にいくか聞いたら
お墓参りは行かないそうです。
姉にも聞いたけど元々姉は死んだら「無になる」の人なので
一周忌くらいまでお墓参りをしてましたが
今はしてないようです。ちなみに姉は自分が亡くなっても
旦那さんが亡くなっても
お葬式もお墓も仏壇もいらないんだそうです。。


実家の近くの病院の精密検査の結果は
「小細胞肺がん」でした。
肺がんとはまた異なり肺に出来たがんではありますが


増殖が速く転移しやすいため、早期発見は困難で手術だけでは再発しやすいこと。


抗がん剤や放射線治療に対する反応が良く、併用化学療法が治療の基本。


紹介状をもらってその日のうちに片道30分の病院に行きました。
一刻も早く病院で診てもらって治療をしてもらえれば
母は助かる
そう信じていました。
一通り検査をしてその日のうちに入院することが出来ました。
母は手先が器用だったので病室でいつものように
編み物をしたりパッチワークを始めたりぱっと見はいつもと同じなんだけど
きっとそうやって時間を過ごして気を紛らわせてるんだろうな
って感じでした。


先生から話があると言われ家族は母を残して
先生の待っているお部屋で話を聞きました。
場所的にも手術は行えないこと
今のところは小細胞肺がんで間違いはなく他に転移はしてません。
ただリンパが少しだけ腫れてます。
時期をみて抗がん剤と化学療法をしていきます。
明日気管支鏡検査をします。
気管支鏡検査は直接口から内視鏡を肺までのばして
肺の状態をみる検査です。



翌日検査が終わった頃にお見舞いに行きました。
母は気管支鏡検査を最後までできなかったそうです。
痛くてもうやめてと言ったんだって
半べそで言ってました。もうあんな検査はしたくない。
帰りたい…


この先もうこんな痛い検査はしたくない…


なんて言って良いのか悩みました。
今肺がんがどの程度になってるかも大事だけど
母のケアも大事。
自分に何が出来るんだろう。
丁度その時高校からバスで帰ってきた娘が入ってきて
孫の顔をみた母は気持ちを持ち直してくれたのか
いつもの母に戻りました。
娘に
「今日ねおばあちゃん凄い痛い検査したんだけど
あなたはもっと今までも痛い事されてそれでも頑張ってきたんだから、おばあちゃん
頑張ったんだよ」


ん???
とは思いましたが母の体裁を守るため何も言いませんでした^^;


母の入院から
母の病院が今度はお家になり
毎日会社終わってから病院で一緒に夕飯を食べて
消灯ギリギリまでいる生活になりました。
その頃私のポリシーは
動ける人が動く。
例え片道何時間かかろうと
母と居られる時間、場所が私にとっても娘にとっても
お家です。幸せな時間です。
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