死に装束

病院を出て家族と母方のおじさんとみんなで
実家に行きました。もう葬儀屋さんの手配も終わってました。


ゆうちゃんの時も悲しんでいる暇はないくらいでしたが
母の時もそうでした。
色々な人が出入りして色々な人に連絡をしました。


母が入院中お世話になった方にも。


母のお姉さんは静岡にいます。
連絡したらおじさん以外みんな来てくれました。


その日の夜は娘と実家にいました。
そしてドライアイスで冷たい母と同じ布団で眠りました。


昨日人生の半分も母と居なかった話を書きましたが
私は小学校、中学校、高校その12年しか母と一緒にいませんでした。
あとは孤児院だったり祖母のとこだったり
高校を卒業してからは遊びに夜通しいって
朝会社に行ってまた遊びにを繰り返してました。


後悔しかないですよね。
自分の人生いくら悔やんでももう母もゆうちゃんも帰っては
きてくれません。


そしてその悲しさに押しつぶされないようしていても
ふとした時


母の元、ゆうちゃんの元に行きたくなります。
本当に死んで迎えに来てくれるのなら
いきたいです。


義父だけ実家にいますがもう70になりました。
犬と二人?でいます。
心配で一緒に住む話を何度もしてますが
姉が防御…実家を乗っ取る鬼妹らしいです^^;


何もいらない、出さなくても良いから家で一緒に住みましょう
けど姉に却下され、義父にも却下されました。


姉は旦那さんが山形に近いところの出身でいつか旦那さんが
定年になったらそっちに行くらしいのです。
姉にあった時
義父は家を売却したらその
売ったお金で施設に入ってもらうよう話してあるから


気にしないでって言いました。
それは悲しい事だと思います。



お母さんが一番心配をしていたのは義父の事でした。
昔よく言われたのは
あなた達はパパにここまで大きくしてもらったんだから
いつか恩返しをしないとね


って言葉でした。


その母の想いを受け継ぐつもりでいたのですが
鬼妹…


姉と義父と葬儀が終わった後実家に戻りました。
2人して掃除を始めました。義父と姉が
お母さんの思い出の物を捨て始めました…
49日までお母さんはまだこの家にいるんだよって
言ったけど
くだらない…その一言で終わり。。姉に見つからないよう
母の作った作品を持ち帰りました。
その後2人で葬儀の時のお金の計算やら始めたので
私は帰りました‥


母の心と一緒に。