生きてるのか死んでいるのか

母の病気が発覚する前、ゆうちゃんが倒れる前の年
母方のおばさん
ゆうちゃんの一個上のおばさんが乳がんの治療をしてました。
うちの娘はダンスを習っていて
体調がいい時は
練習場まで一緒に見に行ってくれたり
娘を可愛がってくれてました。
おばさんは独身で子供もいませんでした。
だから尚更なのかな~って思っていました。
母の最期に立ち会ってくれたおじさんのお姉さんにあたる方です。


通院しながら抗がん剤を打ってました。ゆうちゃんと同じ
がんセンターに通院して毎日通っていたそうです。
乳がんはわからないのですが連日抗がん剤をやるものなのかなー
そう思ってました。
うちの実家に車を停めてバスでいってました。


半年くらいして
その時母とゆうちゃん、義父と娘と 5人でGWだったので釣り堀にいました。
義父の電話がなりおばさんが具合が悪いから病院まで乗せてくれという
電話だったけど釣り堀から実家まで急いでも1時間はかかります。
母がその旨伝えたらガチャンと切られました…結局
おじさんに頼んで病院にいったそうです。
私たちもあとからいきましたが
本当に体調が悪そうでした。


それから1か月くらいしてまたお見舞いにいきました。
後からわかったのですがその時モルヒネを使っていたらしく
寝ていました。少しして起きた時母が声をかけました。
おばさんが「今生きているのか死んでいるのかわからないんだ~」


それだけ言ってまた寝てしまいました。そんなおばさんをみて
母は廊下に出て泣いていました。


そして一週間後
おじさんからおばさんが危篤だと連絡をもらって
私は母と病院に。もうおばさんは亡くなってました。間に合いませんでした。
ゆうちゃんに連絡をして
私と母とおじさんで葬病院の跡片付けや
葬儀場までおばさんの亡骸と一緒にいき
安置してもらいました。
個室のような部屋の真ん中におばさんがいて
母とおじさんはずっと泣いていました。



別室に3人で戻ってお茶を飲んでいた時
使ってないお風呂場から大きなドタンって音がしました。
びっくりしてお風呂場を覗いてみたけど
誰もいません。
戻って椅子に座るとまた ドタン。
見てもいない…


おじさんはおばさんがここにいるって知らせてるんじゃないかって
いってました。不思議と怖くなかったです。



そして夕方現場からゆうちゃんがきてくれました。


私は娘が学校から戻るので母と葬儀場を後にしました。


車の中でも母は泣いています。
そんな母をみて私も悲しくなりました‥


人の人生はあっけない。


そう思いました…


葬儀の時現役で働いていたおばさんのお友達、同僚の人が沢山きました。
おばさんも複雑な環境で育って親ももういないし
兄弟のおじさんしかいません。
でも沢山の方に見送ってもらえて
良かったなと思いました。
ただ
おばさんの
生きてるか死んでるかって言葉
わたしはずっと頭に残りました。


おぼさん?今天国でお父さん、お母さんと一緒にいますか?


もう生まれ変わったかな…?