それでも穏やかな時間

ありとあらゆる手段で治してもらうお医者様を探しました。
天才脳外科医やら神の手を持つ・・
調べると悪性の脳腫瘍ではなく良性の手術ばかりでした。br>


前進することなく日々過ごしていました。


がんセンターの先生を信じる。そう決めました。
前の病院の先生は転勤になり
もうゆうちゃんを診てはくれないと言われました。
その頃手術した傷口が膿をもってジュクジュクになり
がんセンターの先生に診てもらいました。
そうしたら
前の病院の処置が悪かったといわれました。
毎日消毒をしないとダメなんだよね~と。
前の病院では滅多に消毒をしなかった話をしたら
不潔になるからこれからは毎日しましょうねと。


その頃のゆうちゃんは駄々っ子のように
何をしても
歯を食いしばって「きぃーーっ」と
怒ります。動けないからなのかわからないけど
とにかく怒ります。
そして今まで外に買い物したりしたとき
私が手を繋ごうとすると
やめれ~って言って逃げていく人だったのに
無意識なのか手を繋いできます。
そうすると娘がやきもちを^^
パパの取り合いが始まります。


いつも娘には
家族3人でいる場所がお家なんだよと
言ってました。なのでその頃はがんセンターが
お家でした。
DVDが好きでよく映画を観る人だったので
映画を何本も借りてきたり、ゴルフの本を見たり
大変ながらゆっくりした時間を過ごしてました。
たまたま韓国映画を借りてきました。題名は確かTSUNAMIだったかな?
それを見終わってすぐ震災が起こりました。
とても大きな地震でがんセンターの7階に入院していたので
病室にいても凄く揺れました。
ゆうちゃんといた時も揺れたので「怖いね、地震だよ」
言ったら「お?」
ゆうちゃんはなんでも「お」で返事をします。
一言「お」なんだけどその言葉ですべて何て返事をしたのかが
わかります。「いやだ」「うん」「違う」「こっち」
語尾が微妙に違うのでわかります。
ある日私の名前わかるって聞いてみました。娘の名前、友達の名前は
言えるけど
私ともう一人ゆうちゃんの幼馴染で親友の人の名前だけは
「お??」って首をかしげます。
名前は?「お???」完全にわからなくなってました。
だけど何かを頼むとき私を「お」って呼ぶので
何かをしてくれる人って認識だったのかもしれません。


看護婦さんに笑いの絶えない部屋だねってよく言われました。
段々娘もパパといる時だけは笑ってました。
何が面白いの??って思うくらいみんなで笑ってました。
でももう戻らない日々です。